子どもたちは今 ~子どもたちの声~

2017年度 年次報告(2017年4月1日〜2018年3月31日)

2017年度 年次報告 「はじめに」より

 「消えてなくなりたい」と子どもたちは云います。死にたくなるとも。死にたくなるような気持、生きていることのつらさを話してくれます。「自分が何者かわからない」という言葉の向こうには、自己の存在意義を見出せず、悩み苦しんでいる10代の姿が浮かび上ってきます。それが青春ってものよ! と云ってしまえば確かにそうだとも云えます。内省することも自分探しも、それは青春の代名詞みたいなものですから。現象面だけみるならその年代を通過した時の、かつての自分と重なってもくるのですが、なぜかそう整理しきれない心地悪さが残るのです。


 子どもは口惜しいことに、生きていく選択肢の持合せがありません。自分が生まれたその場所で生きるために、支配されることを甘受せざるを得ないのです。代償として自我の放棄を選択させられることになり、親に添ういい子で生きることになるのだと思います。当然自己確立は無理な相談になりますから、足が地についた生活感覚を失っていくのでしょう。せめて家族の中での位置が確保されるとか、構成する一員として果たせる役割があれば救われようもあるのでしょうが、それも皆無。現在の家庭は猫の手どころか子どもの手など必要としていないのです。子どもは親の意を汲みひたすら勉強に専念することだけが求められています。そんな状況は親の想像を遥かに越えており、子どもにとっては、自己の存在意義を見出せないことになるのだと思います。それが「生活していない」という言葉に集約されているのではないかと私たちは感じています。
 「きいてもらえない」と訴えてくる子どものきいてもらえない内容が年齢によって異なるのは、子どもの抱えている問題が年令に依拠することによるのだと思います。受験を控える年齢なら当然進学問題。そして数として進学問題が多い理由(わけ)は、親子の葛藤が大きくこの問題に象徴されている、ということなのでしょう。
 人生の先が見えている親の目からすれば、子どもの云い分は不満で不安です。でも子どもは子どもなりに思いを持っています。気力や意欲をすっかり失ってしまったと批判される現代っ子であっても受験は切実な自分の問題です。ですから、自分なりに考えているのです。少なくともやチャイルドラインやこどもほっとダイヤルに電話をしてくる子どもたちはそうだと、私たちは思っています。不満を訴える意欲すらすっかり失ってしまった受け身の子どもではなく、理不尽を理不尽と感じ取る主体を一定確立させていて、他人(ひと)に相談できる力を持った子どもです。それだけに全く自分の意向を受け付けようとしてくれない親に抱く不信は、大きいといえるようです。
 受験というその年代で直面する状況は、状況に決して終らず気持の問題を大きく孕(はら)んでいます。だからこそ子どもたちは、気持を「きいてもらっていない」傷つきを心に負ってしまうのだと思います。電話で受け手がその気持を受け止めたとき、子どもの心にほっとする安堵の明かりが灯るのを感じるのです。
 「きいてもらえない」状況は子どもにとり、自分を受け止めてもらっていないことを意味しています。故に心は閉ざされていき話さないことに。それはやがて話したって仕様(しょう)がないという諦めに。そんな思いを抱えた日常で、積極的な人間関係を子どもたちは果して作っていけるのでしょうか。「関係をつくりたくない」気持ちになっていくことを、誰が責められるというのでしょう。


 昨年子どもの電話の内容のトップは、友だちとの関係も含めた学校の問題でした。今年は家庭が取って代わりました。
 人が人になるための人格形成は、他人(ひと)との関係性しかないと、私は信じて疑っていない人間です。しかし世の中の現状は、できるだけ他人(ひと)と関わらない方向に進んでいるようです。今の家庭がそして親のあり方も、すでにそれぞれの家庭での成育歴を背負った連鎖であるとするならば、社会のあり方論として抜本的な変革、家族とは・家庭のあり方とはという新たな定義づけの急務を感じます。子どもたちからの電話の内容は、それに警告を鳴らしていると、そう思えてならないのです。


 衝撃が走りました。
 それは年次報告書作成の編集会議でのことです。三重県の子どもたちからチャイルドラインに入る電話が激減していたのです。
 ― 正確な理由は、皆目見当つかずです。 ―
 私は心配になっています。三重県の子どもたちのチャイルドラインへの電話件数の激減が、子どもたちの意欲の後退によるのではないか…?かもしれない…?だったらどうすればいいのか…と。なぜなら三重県の子どもたちの状況が格別改善の方向に変化したなど、到底思えないからです。
 増え続ける囲りに相談できない大人を見るにつけ、その大人に育てられた三重県の子どもたちは、相談する元になる自己肯定が育まれていないのではないか ― 。子どもたちの会話から漏れ聞こえる 「相談? そんなことを ― 。それってわかっていないってことやろ」…。
 そうなんです。相談するのは本当に力を必要とするのです。わからない自分もできない自分もOKしている自己肯定感の問題。どう思われているかを気にしない、他人の目からの自己の解放。他者への信頼や協調など。


 愚痴を溢(こぼ)すことも1つの相談のかたちと私は思っています。なぜなら愚痴を受け止められ共感を得ることができれば、必ずエンパワメントにつながっていくからです。そしてそのことは意欲の源になっていきます。このことこそがチャイルドラインの真髄なのです。
 三重県の子どもたちは、愚痴など云うべきではないと思うほどいい子なのでしょうか。

電話から聴こえてくる子どもの声

消えてなくなりたい

「消えてなくなりたい」と話す子どもたちは「自分が透明になっていく」と言い、地に足がつかず、ふわふわと漂っているだけのように感じられます。その背景には親が自分のことしか考えていない自分本位な生き方があるのではないかと思われます。そのように親が子どもの存在を無視し続けることで存在感がもてない子どもたちは、これからも増えていくのではないかと思われます。

きいてもらえない

子どもたちは電話の中で「きいてもらえない」という言葉をよく口にします。相手は多くの場合が親や先生など身近な大人で、物理的にも気持ち的にも聞いてもらっていない状況が感じられます。子どもにとって「きいてもらえない」ということは、相手に存在を認められていないと感じ、自分の存在価値を否定されたと思えるのです。そのような中で子どもたちは自信を無くし、あきらめ、意欲も気力もなくしていきます。大人が子どもたちの声に耳を傾け、気持ちを受け止めていく必要があるのではないでしょうか。

生活していない

「母と笑って楽しいことを話せたらいい」という電話があります。子どもたちは塾やゲームで、大人は仕事で忙しく、家に帰った時誰かが居て声をかけてくれたり、いっしょにご飯を食べながら話をすることが少なくなっています。家族で居ても自分への声掛けや気遣いなど日常のやり取りがなく、子どもたちは家族の一員としての自分の居場所を見つけることができなくなっていると思います。

人との関係をつくりたくない

「どうやって人間関係をつくればよいのか教えてほしい」「学校での人間関係がうまくいっていなくて行きたくない」と電話が入ります。子どもたちは自信が持てず、傷つくのが怖いため一歩が出ず、頭の中で考えてばかりいて不安がふくらんでいるように見えます。関係を作りたいと思いながらも、自分を受けとめてほしいと望んでいる様子が伺えます。

自分が何者かわからない

「ありのままの自分を出すことが難しい」「素の自分がわからない」といった子どもたちからの不安な声が聞こえています。自分がどうしたいかよりもどうしたらまわりに受け入れられるかばかりを考え、合わせているうちに自分のことが何者かわからなくなっていくようです。人間関係が希薄になり、多様な価値観に触れたり人との関わりの中で自分自身を知るような体験が少なくなっていることも大きな原因ではないでしょうか。

2017年度 子どもの声を受け止める

子ども専用電話「チャイルドラインMIE」・「こどもほっとダイヤル」の電話データからみえる子どもの状況

「チャイルドラインMIE」の報告

チャイルドラインは、全国70の団体がネットワークを組み実施している子ども専用電話です。
三重県では毎日実施できていませんが、実施のない時間は開設している全国のチャイルドラインで受けてもらっています。2017年度チャイルドラインで受けている三重県発信の電話は909件ありました。
※使用データは、チャイルドライン支援センターのデータベース(2018年3月31日までに入力完了データ)を使用しています。

「チャイルドラインMIE」の報告詳細画像
「こどもほっとダイヤル」の報告

三重県では、三重県子ども条例に基づき、2012年2月に子ども専用電話相談『こどもほっとダイヤル』を開設しました。子どもの声を受け止め、子どもとともに状況や気持ちを整理しながら子ども主体の解決方法を考えます。専門的な対応が必要な場合は関係機関につなぐことができます。2017年度は、1,425件の電話を受け、児童相談センターに5件、教育委員会に2件繋ぎました。子どもの名前や住所を聞いて特定するまでは至っていませんが、いじめや虐待を訴える電話3件を三重県の健康福祉部と共有しました。