子どもたちは今 ~子どもたちの声~

2015年度 年次報告(2015年4月1日~2016年3月31日)

2015年度年次報告「はじめに」より

 子どもからはいわゆる意地悪をされた場合もいじめとして話されます。

 誰(私)が誰(仲良くしていた友だち)に「シカトされるの。つらいの」と。本人にとってはとても重要な事柄で大変な問題ですが、実態は一寸気に喰わないから少し意地悪してやろうかというレベルで、あくまでも個人と個人の関係。その領域を出てはいないように思えるのです。だから軽いこと、などというつもりは毛頭ありません。なぜなら本人がいじめと思う以上、それはいじめであると基本は文部科学省と同様に私たちも考えているからです。そして殆んどの場合のいじめは、ここに分類されるのかもしれません。

 しかしあえて「いじめ」と「いじわる」を少し区別して考えてみるのはどうだろうかと編集会議で話されました。そうすることによって、現に起きているいじめの現場とそれに伴う様々な問題、そして課題を、少しでも鮮明にすることができるかもしれない・・・と考えてみたのです。

 しからば今私たちが考えているいじめの定義づけとは、となる訳ですが、文部科学省の見解は見解とした上での自論展開をしてみるなら、1対1という個人の関係から、少なくとも一方が集団であること、その集団対個人になっていて、いじめに継続性があると思えることです。そして集団が一丸になって個人に向かうのではなく所属する一定の子が個人に向かって執拗にいじめを繰り返していく。そんな図式になっているように子どもたちの話からも推測できるものがあります。

 いじめを受ける側の深刻さは、当事者でなければわからない。それは他者の理解の追従を許さないほどの心の痛み、傷の深さなのだと思っています。だから子どもたちは、親友という言葉を死語にし、友だちの概念をも変化させて、本当の自分を隠して周りに合わせていく。家ではいい子を演じ学校もしかり。当然のこととして結果自分を見失うことにつながるのですが、現在の自分を守ることに必死なのだと思います。

 いじめる側の罪悪感が希薄になってきているのでは、と感じとられるようになってきたのも、実は根っ子は一緒と考えられないでしょうか。自分がいじめられる側にならない策は、自我をころしてでも集団に所属すること。どんなことをしてでも自分の居場所を確保する。そういうことではないかと思うのです。そこから推測するに、集団の意図とするターゲットへのいじめという行為は実は第二義的で、第一義的目的は集団への帰属を守ること。行為そのものは第二義的であるが故に、気持ちの上で軽くなってしまうのではないか・・・。電話でもふざけているだけなのに・・・一寸からかっただけなのに・・・という言葉をきくことがあります。いじめられる側の子どもの反応を心外とすら思っているのではないか、と感じることもあるほどです。

電話から聴こえてくる子どもの声

居場所がない

「家を出たが行くところがない」「出会い系サイトで知り合った人に泊めてもらった」など、大人から見た時に犯罪の被害者になるリスクが大きいにもかかわらず、子どもたちはネットを通して知らない人とつながり、泊めてくれるところを探します。この子たちにとって生きていくためには、危険でも夜露をしのげるところが居場所なのです。今年は“物理的な居場所”さえ無いとかけてくる子どもたちの声が多くなっており、状況が深刻さを増しています。

つながり

相手の反応が恐くて友達との関わりが持てないなど、人とつながることを避けている子どもたちがいます。また、自分の気持ちを殺して相手の言うことに従ってでも、そこにつながろうとする子どもたちもいます。周りの大人にありのままを受け止められてこなかったことが、自己の確立を阻み、自分を表現することも他を受け入れることも難しくし、人とつながることを困難にしていると思われます。

受け止める、受け止められるとは?

子どものありのままを受け止めるということは、子どもの命そのものを丸ごと受け止めることです。しかし、大人にとって都合が悪いと思われる子どもの“ こうしたいという意志”。それを受け止めて貰えない子どもは、親に求められる自分と本来の自分との間に乖離が生じ、感情のコントロールが出来なくなり、自分を否定し精神を病むことさえあります。子どもの存在そのものや、ありのままの自分を受け止められることは、子どもの権利が保障されることです。

いじめの背景

1対1や小さなグループでのいじわるやからかいをはじめ、クラスメイトなど多数からの無視、悪口、暴力などが起こっています。学校だけではなく、インターネットやSNS上でのいじめもあり、子どもたちに常についてまわっています。その背景には、子どもたちの幼い頃からの育ちの問題があり、親や先生の期待に応えることにストレスを抱えている子どもたちの姿が見えてきます。

自分を出せない

自分を出せないという子どもたちからの声が多く聞かれます。「何度言っても聞いてもらえない」「言ってもしょうがない」というあきらめの気持ちがあります。さらに「親の期待に応えようとしているがしんどい」という思いを伝える電話も多く、親からの支配を受け“いい子”を続けてきた結果、本来の自分(主体)が奪われ、自分を出すことができないと思われます。

2015年度 子どもの声を受け止める

子ども専用電話「チャイルドラインMIE」・「こどもほっとダイヤル」の電話データからみえる子どもの状況

「チャイルドラインMIE」の報告

チャイルドラインは、全国72の団体がネットワークを組み実施している子ども専用電話です。
三重県では毎日実施できていませんが、実施のない時は開設している全国のチャイルドラインで受けてもらっています。
2015年度チャイルドラインで受けている三重県発信の電話は、4,603件ありました。
※チャイルドライン支援センターのデータベース(4月3日までに入力完了データ)を使用

「チャイルドラインMIE」の報告内容
「こどもほっとダイヤル」の報告

三重県では、三重県子ども条例に基づき、子ども専用電話相談『こどもほっとダイヤル』を開設しました。
子どもの声を受け止め、子どもとともに状況や気持ちを整理しながら子ども主体の解決方法を考えます。
専門的な対応が必要な場合は関係機関につなぐことができます。
2015年度は、1,148件の電話を受け、児童相談センターに2件、教育委員会に1件を繋ぎました。

「こどもほっとダイヤル」の報告内容